2012年3月15日木曜日

「上から目線」の意味とは?

暖かくなってきましたね☆


春になると、自然界に限らず、様々な芽吹きを見ることができるようになります。
そして冬に眠って停滞していたエネルギーが吹きだし始める。卒業シーズンが春にあるというのは、なかなか良いなと思います (^_^) 


春はデトックスに最適なシーズンですから、ヒーラーの間では クレンジングが流行ります。
シータヒーリングでは、寄生虫の話が多いため、最近はパラサイトクレンジングの話題を頻繁に聞きますね・・・。



さて、今回のテーマは「上から目線」です。



皆さんは、ご自身が上から目線であるという自覚がありますか?


私は、生まれつきそうなのか・・・或いは、ずっと弱肉強食の世界で生きて戦ってきたせいか (^_^;)
ずっと、この態度とは隣合わせで来た気がします。


威張る、自分の方が上だという態度をとる、人に対して問題を指摘する・・・ そういうエネルギーは、実際に表に出す、出さないは別としても人間であれば誰にでも存在する。


最も典型的なのは、疲れたサラリーマンがお酒を飲みながら上司を評価するような場面とか・・・或いは、お茶をしながら、「あの人ってこうだから・・・」という話をする女性たちのような?


上から目線で何かを相手から言われたり、そういう態度で接されると、「カチン」とくるもの。特に、自分自身が自分よりも「劣っている」と評価する相手からだとなおさらイライラ感が高まります。


でも、この「上から目線」・・・


人には必要なものだと思うのです。




皆さんは、どういう存在や状況に対して「上から目線」で接しますか?


私自身は、自分の経験からとてもよくわかるのですが、左脳的な世界から卒業して スピリチャルな世界に入ったばかりのころ、いわゆる戦う企業戦士的な、仕事脳な集団に対して妙な 「蔑み」的な感情を抱いたものです。彼らの放つ「ビジネス」的なエネルギーが本当に苦手でした。
(自分が、つい最近までそこにドップリと漬かっていたにも関わらず・・・)


面白いもので、


そこから卒業した自分を正当化しているのですよね・・・



自分は、その世界から卒業して、より高い境地に達した。
だから、まだその世界に居る人たちは自分よりも劣っている。というような、思い込みの構造をつくることによって、自分を守っていた訳です。


あまり自分では自覚はありませんでしたが、コンサルタントとして バリキャリの人生を送っていた自分がスピリチャルの世界に飛び込むことは、大きな転身だったし、以前の世界にいた人たちから色んな評価を受けているんだろうな、という気持ちがあったのでしょう。


直接言われたことがありませんでしたし、顕在意識では気にしていなかった(或いは、気にしていないつもりだった)のですが、前職のことを話す時、どうしても何か力みがあったし、批判的な表現が無意識に口から出てくることが多かった気がします。



今では、どちらも尊重できるような気持ちになることができましたが・・・



こういうプロセスを踏むことって、自然なことだと思うのです。



例えば、別れた恋人や夫婦のことを、後から 「あの人は、こんなところが駄目だった」と評価したり、「しょうがないやつだったな」・・・などと色々と頭を巡ることがありますね。後から、ふつふつと憤りや、怒りを感じることもあるかと思います。



これを思うことなく、前進することなんて、基本的には不可能だと私は思います。



とある状態、人、組織などを低く評価し、それを蔑むようなエネルギーを自分の中に感じたら・・・。


それは、相手や状況を否定することで自分を肯定したいという暗示。

その感情をどうこうする必要はない。自分が相手と同じではないのだという安心感を得たいのだから、その状況を存分に肯定してあげればよいことだと思います。




あの人にはないものを、私は持っている。



それでいいのです。

そして、それを持っているあなたは素晴らしい。

もっと自分を肯定し、そして自信を高めていく・・・ そうすると、知らない間に、その「上から目線」は無くなっていく


この感覚、しっかり味わってみてはどうでしょう?
自分が、実は世界一だと思えることって妄想の世界だったら許される。そんな気がします (笑

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