2010年12月2日木曜日

死をどう考えるか?

先日、紅葉の写真を撮りに 宇都宮に住む友人のところへ遊びに行きました。



銀杏の葉。寒いこの感じが好きです…



そして、その時に印象的な出来事がありました。

この時の出来事と、私の最近の経験を通して感じていることを書いてみたいと思います。

テーマは、





です。



ちょっと話が遠回りになりますが、父が肺がんを克服しようと奮闘していたとき、
父に「読め」と言われた、癌のお医者さんとしてはとっても有名な 帯津良一先生の「ピンピン・コロリ」を読みました。


如何に穏やかに死ぬか。
死を受け入れ、笑顔で死んでいくことの大切さについて書かれていました。



私は、これにはとても共感した。


この先生は大変忙しく、アポを取るだけでもかなり待たなければならないため、父は 帯津先生に診てもらう前に、癌を完治させてしまったのですが・・・。


ひとまず会うことに決めて、その病院に行ってきたそうです。


帯津先生の病院は、どこにいってももう治らないとされた患者さんが沢山いる場所です。
そういう意味では、父は「俺には、まだ早かった」と言っていました。


しかし、父が言うには、とても印象的だったのは、そういった患者さんばかりなのにも関わらず、


とても明るい雰囲気



の病院だったそうです。
死を待つ人々が笑顔でいるということ。そして、奇跡的に回復する人もいる環境。



もう一つ。

私が、紅葉の写真をとって宇都宮の友人のところを遊びにいったときのこと。



お母様から電話があり、おばあちゃんの顔が冷たくなったので、救急車を呼んだとのこと。

すぐに、(全員ヒーラーだったので) おばあちゃんへ 遠隔ヒーリングを行いました。この遠隔ヒーリングは、創造主の無条件を愛を送るというものなのですが、患者さんがそれを受け入れてくれると、とても効果があります。


そして…。


3人とも、同じことを思った。



亡くなった気がする…。




病気の方や、普通の人に遠隔ヒーリングするときと、全く違う感覚がありました。
きっとその頃は、おばあちゃんは救急車の中か、或いは病院。電話もまだなかったので、どのような状況かは、わからなかった。


でも、私が感じたのは、本当に安らかで、穏やかで、本当に素晴らしい光に包まれた、幸せな感覚でした。


死を素敵だというと、嫌悪感を示される方がいらっしゃるかもしれませんが、私がみたものは、



本当に素敵な死でした




人は、生まれたら、死にます。



死を怖い思う人がいるかもしれない。愛する方をなくして悲しみにくれている方もいるかもしれない。


でも、死というものは、大きな儀式であり、次のステップに進んでいく素敵な通過点。



シータヒーリングでは、死については以下のような解釈をしています。




☆ 私たちは、生まれてくる前に 生まれる日と死ぬ日を選らんでいます
☆ だから、死ぬ日は変えられません
☆ 自殺しようとしても、死ぬ日がきていなければ死ねません
☆ 生きたくても死ぬ日になれば、私たちは死にます
☆ なぜかというと、それは「自分で選んでいる」からなのです
☆ 自分で覚えていなくても、自分が決め、そして生まれてきた

☆ そして、また次の人生をどう歩みたいかを決め、
☆ また次の人生で生まれる日と死ぬ日を決めます




基本的には輪廻転生をベースとした考え方。

いろんな解釈があるので、これを押し付ける気は全くありません。

でも、もしこの解釈があることで心が楽になる方がいたら… と思っています。
私は、これを信じています。


自分の人生も、大切な方の人生も。この解釈にあてはめて考えてみたらどんな風になるだろう?



たぶん、私はもっと生きていないといけない気がします…。





0 件のコメント:

コメントを投稿