2010年8月10日火曜日

私を縛るのは誰?

最近、ヒーリングをしていて感じることがあります。


一体、この世の中の「常識」って誰が作ったんだろう?  …って。



人は、自由を求める。





でも、実は 自分の自由を奪っているのは、多くの場合…



自分なんですよね







私たちは 社会に適応するために いろんな常識を学んできている。


所属する組織に適応するために、持っているべき考え方がある。だから、その通りに行動していて、それが当たり前だと思っている… というか、思うようにしている。


それらの常識があることで、組織の秩序が保たれ、それ故に私たちは安全を確保できる。



こういうのって、動物たちの世界にもある。それを破ると 組織の中には入れなくなる。動物たちの世界において、群れから追い出された場合には、それは死を意味する。


群れの中にいられないと、食べていけないから…。だから、死活問題。



人間の世界でも、いわゆる 村八分に会うと、もう生きていけない感じだったんだと思う。




こういう、とても根本的に守るべきルールは・・・ どうなんでしょうね。現代の世の中だと法律なんでしょうかね・・・。



でも、それ以外のルールで自分を縛る必要はないと思う。


けっこう、私たちって 自分の可能性に知らない間に枠をつけていることがある。
そして、それによって苦しんでいる。



その枠をとっていいんじゃないの?
もう、その枠の中にいることをやめる。そして、自分が心地良いと思える枠に移る。
そうすると、自分らしい軸が新たに出来てくるんじゃないかなって・・・思うんですよね。



これまでに、私はヒーリングを通して その人が持っている核となる素晴らしい考え方、神聖とも言えるほどの夢に触れてきました。

でも、多くの人たちが その内容が 「馬鹿げているんじゃないか?」って思っている。今の自分がいる世界の「常識」という視点でそれを捉えるから。



だから、人には話せないし、自分の中でも蓋をする。



本当は思っていること、やりたいと思っていること、


人の目を気にしない。いわゆる常識というものが存在しない世界があるとしたら、


あなたは何がしたいですか?




私は、それを追いかけて良いと思う。

本当は、心も体も、魂も・・・ それを求めているはず。



世の中には、いろんな常識がある。アインシュタインもいってるけど、


「常識って、18歳までに身に付いた偏見のコレクションを言う」



んですよね。


ただの偏見のコレクションなんだったら・・・ (笑)



もう気にするのを やめてみたらどうだろう?


気にすることをやめた瞬間に、実は自由は手に入るもの 




オマケ:

週末に葉山の海の家 PUPUで ヒーリングしてきました☆
来てくれた皆さん、ありがとう!

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