2010年5月22日土曜日

綺麗なものと汚いもの は区別できるものか?



「汚いもの」「不気味なもの」「避けたいもの」


そういうものを表現できるし、することがアーチストとしての 使命であるし、面白さなんじゃないか


という言葉を、鴻池朋子さんが言っていたのを 私はしばらく忘れていました。






(ご興味ある方はこちらをご覧ください)







本格的にヒーリングを職業として始め、

急に 霊的な世界との接点が増えてきたわけですが、その中で 私をとても悩ませていたのが、浮遊霊。

或いは、「もののけ」 と呼ばれる類の神様たち。



どうも、私はあまりお稲荷さんとの相性があまり良くないらしく (そういう思い込みがあるから…かもしれませんが…)、お稲荷さんの近くにいくと、息苦しくなります。

常日頃から見えるわけではありませんが、悲しみやマイナスの感情を伴うエネルギー、邪気のようなもの、それが霊となって浮遊している場合には、体に反応が現れます。

だから、著しく体力を消耗することが多い。


人を浄化する作業を行うと、多少なりとも影響を受ける。 (本当は、そう「思い込んでいる」からなんですけどね…。まだまだ精進が足りません…笑)



ここ2、3日はその影響を受けて 体調が悪い状態が続いていました。




今日。少しだけ復活してきたので、以前から予定していたこともあり、恵比寿にある 東京都写真美術館へ友人といってきました。


古谷誠一さんの 「メモワール」  ~愛の復讐、共に離れて… ~





彼の作品は、決して気持の良いものではありません。自殺した妻の写真の数々。彼女の顔からだんだん、笑顔が消えていくのがわかります。森の中の動物の死体・・・。


かなりのインパクトがあるわけですが、


みているうちに、だんだん引き込まれていくし、なんとなく、それが 「美しい」 と感じられるようにもなる。死と隣り合わせの何か不気味なエネルギーが、「嫌だ」と思わなくなります。


これは、私だけの中の変化かもしれないけど。


その時に、 鴻池さんのお話しを思い出したのでした。



たしかに…。

何をもって 邪悪だと言うのだろう? 何を持って綺麗とか、汚いとか、清いとか。 
そういうものって、全て自分の尺度ではないだろうか。



もののけ。 浮遊霊・・・。



昔々、電気などなかった頃。

昼間は人間の世界で、夜はもののけの世界だった。夕暮れを意味する「黄昏」とは、誰そ彼 といって、人間なのか、もののけ なのか の見分けがつきにくい時間帯を意味したとも言われているようです。



彼らからすると、人間のほうがよほど卑しいものかもしれない。だから、それらに対する嫌悪感を持っていると相対することになってしまう。



「汚いもの」「不気味なもの」「避けたいもの」





それは、全て自分の価値観からくるものではないか?


確かに、初めて浮遊霊をみたときには衝撃を受けました。「げー!!」どうしよう。どうやって、除霊するんだったっけ…。えーっと、こうしたああして。 正直、死ぬほど焦りました。

でも、私たちの世界があるのと同時に、彼らにも独自の世界がある。
それをレスペクトする必要はあるんじゃないかな、って思いました。かといって、その世界に足を踏み入れる必要はない。


どちらが、上でも下でもない。次元は違っても、「存在」として、なんら変わりはない。そう思うと、あまりこういったものが怖くなくなるんじゃないかな。



まだまだ私もこれからですが、少しずつ 別世界が存在する意味がわかってきた気がします。












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