2010年3月30日火曜日

なぜ外資系女がヒーラーになったのか?

・・・私は ヒーリングを本格的に始めるまでの人生を


右脳的?  →  左脳的?  →  右脳的? (いまここだと思います…)



な流れで進んできた気がします。
両方がしっかりあるという人間を目指してきたのもあり、そういう意味では満足してはいるのですが、


・・・お恥ずかしながら、あまりにも壮絶というか、もう少し落ち着いて一歩一歩を歩めなかったのかな?と今振り返ると思います (^_^;)




私は、15歳までのほとんどを海外で過ごしていましたが、その頃の私は、ピアノと絵で過ごしてきたといっても過言ではありませんでした。やっぱり、思い返すと、それが一番好きだった。

よく覚えているのですが、スイスに住んでいた時には、ピアノは、チューリッヒ市の一角にある、ユダヤ人街で。

ユダヤ人男性の妖しい!?・・・先生に習っていました。(今思うと、そのピアノの先生は、画家の友人&犬と同居していたんですが、もしかしてGAYだったのでは・・・面白すぎます☆)

ピアノも絵も自由にやらせてもらって。
英語ができなかったり、学校で苦労したりして泣きそうになった日々も多かったけど、この2つはずっと続けていたなぁ~って思います。


日本に帰ってきてからは、受験戦争!
そして、高校に入ってからは(弱かったけど)バスケ部に入って毎日練習に明け暮れる感じで過ごしました。 日本でついたピアノの先生とは合わなかったこともあって (教え方が全然違いますからね・・・汗) ピアノの鍵盤をさわることはなくなりました。

やわらかい鉛筆を握ることもなくなり、なんとなくクリエイティビティというものから、遠ざかって行った気がします。



就職活動をする時期、私の時代は「超氷河期」でした。

一般職でもいいから、とにかく どこかに就職しなければ・・・!!!
と思いながら活動していましたが、気付いてみたら、最も初任給が高いとされる 外資系コンサルティング会社に内定が (@_@)






その時には、奇跡が起こったと思いました。
こんなにバリキャリ人生を邁進するなどとは夢にも思いませんでした。

なんとなく、かっこいいスーツを着てハイヒールを履いて~☆~3年くらいやって寿退社! くらい思っていた私ですが、(当時、それを言うと皆に「うそでしょ!?」と笑われるくらい仕事人間だったけど )

・・・気付いてみると、どんどん仕事にハマり、驚くべきスピードで昇進。
女性で最年少マネジャーと言われるほどにまでなってしまいました。仕事は楽しかったけど、やっぱり外資系ですから、行きつく暇もなく昇進させ、とにかく 走り続けるのがこの業界の特徴なのですよね。


そして、急な昇進によって、のしかかるものすごいプレシャーに



ボキっ




と折れました。

まさに、ボーゼンとした日々でした・・・。私がいた業界では、鬱病や自律神経失調症は普通の事態でしたが、私もその経験をさせてもらったことになります。

何もやる気がおこらず、そして役に立てていない自分に対する罪悪感。
休めば休むほど、またあの戦場でやれるのか?という疑問と不安・・・


このままだと負けじゃないか!!!!

という一心で復職し、その後 ベンチャー企業の立ち上げに参画するわけですが、一度身に染みついた 企業戦士としての戦闘モードな感覚は、簡単には抜けませんでした。

つい、反射的に 頭の回転が限界まで高くなってしまうのです。このアドレナリン的感覚はある意味 気持ちが良いのですが、ずっと続くと身体にも大きな影響を及ぼします。
でも、その時には 気づいていないんですね。とにかく頑張ろうとするから。そうすると、何が起こるのか…。

二度目が来ました。



ぐちゃぐちゃ・・・ (涙)




今回は身体というよりは、自分の周りで起こっていること全てが「最悪」と呼べるような環境になっていきました。

毎日を生きることだけでも精いっぱいでした。


自分のやりたいことを考えているとよくわからないし、漠然とした不安ばかりが毎日つきまとう。



そんなときに、いまでもお世話になっているサイキック(Derek Calibreさん)に会ったんです。
それまでは、スピリチャルなんて、本当にアホくさいと思っていた。占いに頼るなんで、弱いものがすることだと思っていたし、紹介された方からのお付き合い程度にリーディングしてもらった。
しかし、たったの30分間のリーディングで、



胃の中をひっくり返され、全てを見せつけられた



感覚を持ったんです。あまりにもショックで、寝れなかったのを覚えています。
今の仕事、今の生活。今の彼。全てが「違う」と言われた…。でも、それは考えてみると、ある意味「わかっていたこと」であったのですね。


大きな石を頭に落とされた感覚と同時に、何かが変わっていくのがわかりました。

その後は、新しい旅の始まりです。
わけがわからない方向に進んでいく。でも、その過程で 忘れていた 音楽や絵を通して、自分のスピリチャルな面が開花していくのがわかりました。


一番大きかったのは、写真を撮り始めてからのこと。
森にはいっていくと、森や虫たちが自分に話しかけてくるのがわかってきたのです。


「ああ、綺麗な景色だな」 と思うとのは、全く異なる自然との接し方が分かった。
それから、大きく変化していきました。


その後のシータヒーリングとの出会いが、おそらく全てを統合してくれたのだと思います。




この世界を「胡散臭い」と思う人も多いと思います。


最初は、「守護霊が見えるようになりましたよ」と言ったりすると、90% ネタだと思われていました(笑)


この手の世界は、誤解を生みやすいと思います。



ただ、ここまで左脳漬になっていた私のような人間が、ヒーリングを習得していく様は、新しい時代にはあってもいいものなのかなと思う。


ビジネスを追求していた時の左脳的な感覚も大切にしたいし、今の自分も好き。

何よりも、愛の感覚が強まり、あらゆるものに対して穏やかに接することができるようになった。おそらく、以前の私を知る人は、「歩くのと話すのが遅くなった」と言うに違いありません。



人生に行き詰まりを感じていたら。あるいは、これからもっと飛躍したいと思っていたら。

宇宙や創造主、皆さんの守護霊からの愛を受け取ってみたらどうかな?って思います。

その感覚は、本当に素晴らしい。


一度で良いから試してみて下さい☆
きっと、楽しい冒険が待っていると思います。



愛を込めて




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