2010年2月3日水曜日

「情けない思い」をすること


しばらく、お休みをいただいていたので、ブログアップもして
いませんでしたが、今日から また再開です。
(ただいま シンガポールに居ります)



さて。
アメリカから日本にきていた友人からもらった本









ちょうど良いサイズだったので旅行中に読んで いたのですが 
今の自分とほどよく重なり、とてもよい刺激をうけました。
(そのまま旅先の人へ渡りましたが…。旅をする本というのも面白いですね)


いろいろなことが書いてありましたが、その中の一つを紹介したいと思います。



皆さんは、どれだけ「情けない思い」をしたことがあるでしょうか?



その気分を消化できた後ならいいですが、基本的には人には言えないことだし、その経験は積極的に思い出したいことではない。
記憶から抹殺したい気分になることさえ、あるかもしれません。


「情けない」という言葉を使うかどうか、というのもありますが、屈辱的な気持ち、とてもかっこ悪い自分を感じる瞬間ってあります。


チャレンジの渦中では、そういう気分を味わうことは日常茶飯事でしょう。



私自身の話で恐縮ですが、小さいころまでさかのぼって 一番 嫌だったこと。



それは、ベルギーから帰国し、日本の小学校に通い始めたときでした。



「いじめ」とまではいきませんが、周囲からただの転校生とは違う目でみられていましたし、海外での生活に慣れてしまっている分、日本の空気に溶け込めず、人の輪の中に入っていても、なんとなく孤独感を感じる毎日でした。


いろんな人の目線を気にしながらの給食のと、その時に味わった気分は、とてもよく覚えています。




劣等感にも近いもの。自分には価値がないと思わされる瞬間。
こういうときに、私自身が陥る最も典型的な症状は、「食べものの味を感じなくなる」というもの。不思議なくらい、何を食べてもあまり味がしなくなります。



さて、ちょっと前置きが長くなりましたが…、
こういった「情けない思い」をすることが、実は人を大きく成長させると書いてありました。



なるほど、これは納得です。



自分には価値がないと思わされる瞬間。恥ずかしい、屈辱的な思い。こういう状況を
味わったことのある人というのは、やはり強いし、人の痛みがわかる。だから、常にプラスのエネルギーを出すことができるというのです。



一方で、嫌な思い、恥ずかしい思いをすることを怖がっている人には、成長はない。嫌な思いをを避け続けることで、実は 対処していない「嫌なこと」がどんどん蓄積するのだと言います。


そっちのほうが、よっぽど怖い…ですよね。



誰でも、「情けない思い」をするのは嫌です。それが、楽しくてたまらないという人がいたら、すでに聖人の域に達しているか、或いは虚勢を張っているだけのことでしょう。



でも、これって自然の摂理に従って生きていたら、避けることはできない道なのではないかと思います。



こんな風に考えていると次にやってくるかもしれない「情けない思い」が人生の糧となり、自分を支えてくれることがわかるのではないでしょうか。怖いかもしれないけど、じっくりとその気分を味わえるくらいの 機微をもっていたいものですね。



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2 件のコメント:

  1. 僕もそう思います。
    僕の好きな言葉で「終っていない宿題(Unfinished Business)」というものがあります。
    何事も小細工せず、正面からぶつかっていきたいと思います。

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  2. 平石さん

    ありがとうございます。無理せず、でも確実にやっていきたいですね!

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